つまりね、速読って、
習慣になってる「言葉の音化」を止めて、
イメージにして、
そのイメージングを思いっきり高速化して、
で、
読
んだことにする。
それはダメでしょう!(笑)
番組本編でも、
読んでもらった後、
わざと間違えてるあらす
じを提示して、
訂正してもらう、という実験がされてたのですが、
速読チームは
原文に無かった「ちゃぶ台」という文字が
入っ
ていたりした。
それをもってして
「よくイメージして読み込んでいる」
というタッチで解説されてたのですが、
いやそれは違
う、
「自分の持ちパターンに強制マッチさせている」
という状態です。
その状態を全面的にマズイというわけではありませんが、
少
なくとも書き手の意図からは
何割というレベルで外れるし、
そもそも。
本、
いやコンテンツ全般、は、
「自分を変え
てもらうため」
に読むもの、手にするものではありませんか?
知らないことを知る、
考えつかないことを考えてる人が居る、
い
やそれは違うと反発する、
なんでもいいんですけど、
自分のゾーン、自分の庭、
そこの範囲から逸脱するからこそ、
触れる意
味がある。
と、思います。
もちろん、ただ居心地のいい
たゆたゆ浸ってるだけの読書もあります、
ありますがその場合こそ、
速
読なんか要らないですよね。
atorioum) まぁだからこそ、速読をベースにして情報をインプットしてる方々(の一部)には、斜め上な独自解釈とか、質の悪いパクりみたいのが増えるんだと思うけど。
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